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今回は前回の凶悪少年犯罪のについての続きを書きます。

前回、書いた少年Aの犯行動機が現状は2つ説が上がっており
ここで私の勝手な意見と見解を述べたいと思います。

まずは説1について…

自分の所持していない又は法的に所持出来ない銃に興味を抱いた
となっていまして確かに私も自分の持っていないエアガンなどは強い興味、欲が生まれるのは分かります。
少年Aは小さい頃から銃に興味を抱き、一時期は自衛隊の入隊試験を受けに行くほどの銃好きでした。
少年Aは最初に警察官を殺害したあと警察官の所持していた拳銃を盗んで行ったそうです。
もし警察官の所持している拳銃が欲しかったとするなら
少年Aが山林で鳥などに向かって射撃してた所近隣住民に通報されたのですが
この行為は警察官を誘きよせる為の行動だったと認識出来るのではないかと思いました。

次に説2について…

「野獣死すべし」と言う本に影響されたとする説です。
まず「野獣死すべし」の内容を簡単に説明いたします。
主人公は一匹狼の伊達邦彦という人物で戦争で心に深い傷を負っていました。表向きは大人しい秀才で通していますが
裏では射撃・スポーツ・特殊技術を修得しようと自分に厳しく
そして伊達の内に秘めていた負の感情・憎しみを爆発させ
自分がもてるスキル全てを使い完全犯罪を犯し逃げていく。と言うのが簡単なあらすじです。

少年Aとこの物語の主人公伊達の似ている所は銃(射撃)を好んでおり
少年Aはタバコ・酒は健康や成長を阻害するとして一切触れないとう言う
ストイックな部分も似ています。ですが当然似ていない部分もあります。
心の闇や傷は少年Aは負うやうな生活ではなかったはずです。
そもそも「似ている」ではなくて、少年Aが主人公伊達に「似せている」とも考えられると思います。

裁判から刑の執行までで少年Aはどこか悟った様子でした。
悪い言い方をするならば格好付けてる感じ?でしょうか。
ですが、これは完全に私の憶測であり
人を殺めた事がないので殺めた事のある人の気持ちや感情・思考が全く分からないのでなんとも言えません。

裁判では1967年4月横浜地裁にて無期懲役の判決しました。
1968年11月東京高裁は「人格のひずみによる残虐さは強制出来ない」と一審判決を破棄し死刑を言い渡しました。
少年Aは一審でも二審でも「銃への魅力は今尚つきない。
将来、社会へ出て、再びこのように多くの人に迷惑をかけることのないような刑、死刑にして欲しい」と主張していたそうです。
1969年、最高裁は二審を支持してここに死刑が確定しました。

こう言う犯行に及ぶような人はどこか普通の人と違う思考なのでしょうか?
私にはよく分かりませんが私の好きな銃で不幸があるのは、やはり寂しくなりますね。

今回も拙い文で失礼致しました。
そしてありがとございました!

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